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187年前の此方から


4月30日。快晴。担当:上田

自宅からバスと列車に揺られること約2時間半、私たちは万願寺駅に辿り着いた。



目的はここ。

東京都日野市の閑静な住宅街の中にある

土方歳三の生まれ育った生家。


その一角に土方歳三資料館はある。





私はゲームやミュージカルをきっかけに新選組について学ぶ機会があり、この土方歳三資料館はいつか訪れてみたいと思っていた場所の一つだった。

土方家の子孫によって運営され多くの新選組ファンによって愛された施設であったが、今年の10月末をもって長期休館に入るとのことだったため、このゴールデンウィークに満を持して訪れた。


毎年、土方歳三の誕生日である5月5日と命日である5月11日に合わせて資料館は賑わいをみせる。(今年は生誕187周年とのこと)

この日も周辺には老若男女様々な人々が列を成し、並び始めてから入館までには2時間ほど掛かった。


資料館には歳三が壬生浪士として京に向かうまでの記録や新選組として戦った時の装備品などが展示されていた。


「土方歳三の石像」

 ほとんど幕末当時の状態のままの門を抜けると

 石像が圧倒的な存在感で来館者を迎えてくれた。










「資料館入口」

 入口の上部の梁は建て替え工事の際

 旧家屋の大黒柱を再利用したもの。

 少年時代に相撲の稽古で使用した痕跡が見えた。









「土方歳三手植えの矢竹」

 武道を志したときに本人が手植した矢竹。

 「我 壮年武士と成りて、天下に名を上げん」

 という名言がある。

 







「和泉守兼定(文化財)」

 最終決戦前に親戚に託したとされる愛刀。(諸説あり)

 展示品は綺麗に磨きなおされていたが、

 刀が届けられた当初は刃こぼれがあり、

 戦闘の激しさを物語ったいたらしい。

 持手の綻びや鞘の細かい傷から使用感が伝わってきた。


「刀剣乱舞の和泉守兼定」

 たくさんファンの方が来ていた。




「歳三ようかん」

 パッケージには辞世の句や名言が印刷されている。

 豊玉という名前で句集を編むなど、

 文化的な一面もあったようだ。




資料館では、日野の薬屋で生まれ育った少年が夢を抱いて京へのぼり、

浪士隊として戦った生き様やその息吹を展示品と向き合うことで感じることができた。


没後約150年過ぎた今も新選組を取り扱った歴史番組やサブカルチャーは数を知れず、

興味の入口は様々ではあるが、土方歳三や新選組に魅了されるファンは多い。


彼らが貫いた誠の魂は、今もこの先もたくさんの人々の心を打ち続けることだろう。

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